Prologue
ある町工場の経営者の一日、
あるいはオープンアーキテクチャシステムの将来像

〇月〇日、いつもの通りの朝8時、住居のとなりにある工場兼事務所に顔を出し、いつものようにパソコンFAXの中身を覗いた。すると取引先のA電気研究所のK氏からの手書き図面が届いていた。ここの仕事は試作が多く、大抵は研究者がスケッチ図面のみを送り付け、後は勝手に品物の形にしてくれ、というのが多い。今回もその口だ。そこそこ書けている図面なのでスキャナソフトにこのFAX画像を転送する。そして手書き図面認識ソフトに取り込み、CAD図面化をした。このソフトはまだ完成度が低く、線の上に寸法が載っているとうまく処理してくれない。やむおえず修正して図面に仕上げる。さて、これで形は解った。この大きさだとたしか手持ちの材料で足りるはず。そこで集計ソフトを起動、在庫のデータベースを検索する。

あったあった、丁度よい寸法だ。この部品は3ヶ月前に購入、金額はB円となっている。これなら使える。次はNCデータの作成だ。素材寸法値をCADソフトに転送する。マウスで図面上にフィットさせると取りしろが見える。この位なら家のMCで何とか削れるだろう。念のため、最大取りしろ寸法をだし、加工条件データベースで最大切削パワーを計算させた。思った通り加工はできる。だけどぎりぎりなので工具が心配だ。次に手持ちの工具データベースを開く。この直径のエンドミルは5本あるが、6ヶ月前に買った4枚刃のストレートで良いだろう。これを使うことにする。このソフトはいつ使ったかが自動的に記録されるので便利だ。この前はC社のパーツの粗削りに使ったようだ。

自動プロで工具パスを出させる。加工条件は先程の加工条件データベースからの標準値をもらう。これで見積が出来る。ついでに他の受注との兼ね合いを見るためスケジューリングソフトを起動する。どうやら今なら出来そうだ。工程をガントチャート上で割り込ませる。これで工程計画はOK。見積金額と納期をA社に発送。今まではFAXで送っていたが、今回はインターネットで送ってみる。マルチウィンドウでデータの写し代えができるこのOSは本当に便利だ。一服していたら返事がきた。これで受注確認がすんだ。こうしたログも全部のこるので手紙、FAXをファイルに溜める必要もない。

さて、これでNC情報はOK、在庫棚に行き、先程の部品素材を取り出す。バーコードを張ってあるのでバーコードリーダで蔵出し登録をする。そしてMCの電源を入れる。NCはパソコンCNC、先程のパソコンでマルチウィンドウ下で制御ソフトが動いている。だからウィンドウ上で自動プロのNCデータをCNCソフトにドラッグするだけでOK。工具を取り付ける。この時もバーコドリーダで読む。こうしておけば使った履歴が残る。原点出しをし、プログラムチェック。よさそうだ。では削ろう。

切削中のモータ負荷は一定間隔でサンプルされ、パソコン側に送られている。何でもないときにはサンプル間隔は粗く、負荷が大きくなると間隔が短くなる。おかげで定常状態の負荷量記録と送り負荷制御とが同時にできる。さらに良いことはこれらの値が自動プロと加工条件データベースに書き込まれることだ。この機能のおかげでリピート物の加工条件出しは随分楽になった。

主軸温度、室温、機械各部の温度、振動レベルも皆モニタ用ADDIOボードより取り込まれ、履歴として残っている。ここがパソコンCNCの良いところだ。

あ! いけない。サウンドモニタからボキ! という音がでた。工具が折れた。この振動とモータ過負荷で機械の送りは停止、プログラム上のどこで終わったかが記録される。パソコンのCRT上には工具破損、この工具をファイルから破棄しますかというメッセージが出ている。工具を外し、マウスで廃棄の項をクリックする。どうやらこの前の粗削りと今回の粗削りで寿命がきたようだ。やっぱり危ないと思ったのは正しかった。本来なら少しずつ負荷が増加し、リミットレベルに掛かると送りが落ちるはずなのに瞬時欠損はやっぱりカバーできない。CRTには工具破損画像を記録しますか? のメッセージがでた。ここでイエスとするとITVで取り込んだ工具の破損状況がファイルされる。今回は安い工具だし、理由も判っているのでノーとする。新しい工具で削り、仕上げも終わる。工具選択もすべてデータベースからの指示が使えるので楽だ。

加工の終わったところで一服。その間、伝票のプリントアウト、週間日程表の記入とチェック、FAX送りなどを済ます。機械の稼動状況記録は自動的にやってくれるので必要ない。このおかげでかかったコストの計算も手が掛からない。おっといけない。11時だ。見たいテレビがあった。マルチウィンドウの横にTV画面を出して覗き見する。

先程加工の品物の精度チェックにかかる。マイクロメータですむ寸法はデジタルマイクロを使う。このマイクロには出力があり、パソコンに数値が上がる。図面のどこの値かをマウスで指示すればたちどころに誤差が出てくる。予め決めておいた公差に入っていれば誤差の数字は緑、アウトなら赤でわかりやすい。

Rの重なりあいのところは小型の三次元測定器で測るしかない。この三次元はマニュアル、CNCの切り替えができる。今回はマニュアルでざっと測るだけで十分だ。もちろん測定値はパソコンに上がる。

どうやら精度はOK。検査成績書を打ち出し、この仕事は終了。おっと発注先のK氏にこの結果を転送するのを忘れていた。彼はこの成績書を見ないとうるさい。これで安心。宅急便の手配もすんだ。梱包だけがいやだ。これとあとの切り屑掃除。これが解決すれば最高なのに。

ここでわが家の設備を紹介しよう。5面加工段取り付MCが一台、ターニングセンタが一台、小型三次元測定器が一台。のこ盤、ボール盤、工具研削盤各一台。これだけである。MCとターニングセンタにはAPCが付いている。ツールプリセットは三次元でやる。刃先の検査も三次元に付属のITV付顕微鏡ヘッドで見る。

一番の働き手はパソコンとFAXだ。FAXFAX/MODEMボードだ。パソコンは3台。全部ローカルネットで繋いである。外部との接続に1台。管理、CAD、自動プロ、CNC1台。そしてミラーリングバックアップと故障したときのスペアのために1台。バーコードリーダはこの機械にぶら下げている。全部同形機械を入れている。こうしておけば、まさかの時に安心。外部接続の機械と内部とはわざと分けてある。これはウイルスとハッカー対策の知恵だ。主要なNCボード、I/Oボードはすべて1組みスペアを持っている。だけど今までに飛んだのは安物のDIOだけだ。これもつまらぬ接続ミスのおかげだ。

一番たすかるのはマルチタスク、マルチウィンドウのソフトだ。これのおかげで今までのワープロソフト、集計ソフト、データベースソフトがそのまま使える。高いお金で専用ソフトを買わずにすむのが町工場にはありがたい。このOSはリアルタイム処理、マルチ割り込みができるので制御、統合管理がしやすい。必要とあればリアルタイムイベントシーケンサソフトを使い、自分で各入力間の取り込み条件を決めることだってできる。しかもベーシックライクな言語とマウスだけでできるのでC、アセンブラなどの、あのいやなプログラミング言語を知る必要がない。

おっとここで気がついた。なんだおれはWintelのために仕事をしていたのか。まあ、いいや。これもドル減らしに役に立つと思えば。

(原典:『ツールエンジニア』199412月号)